【ショートストーリー】
恋してみたら? 第11話 「お局の恋<由衣 ③>」

楽しいだけじゃいけないと思った
ドキドキだけじゃ生きられないから
無邪気な夢や輝きを信じられなくなった私と
そんな私を信じられなくなったあなたと

ヤバい、また目が合っちゃった。
お局にギロリと睨まれて、由衣は首をすくめる。と、
「佐々木さん、良かったらランチ一緒にどう?」
お局こと唐木美絵子は、表情を変えずに誘ってきた。

今朝——————
“ごめん。実は昨日やり残した仕事があって、もう会社なの。体調は戻ったから心配しないで”

マンションに向かっているという保阪に、苦しい嘘のメールを送った由衣は、健吾のアパートから、いつもと違う電車で出勤した。
そのせいで、まさかの目撃をしたのだ。
美絵子が明らかに年下と分かる男性に寄り添い、電車に乗り込んで来たのを…。
びっくりして、うじうじ抱えていた罪悪感も吹っ飛んでしまったくらい。
隠れるようにしていた由衣にお局が気づいたかどうかは分からない。だが、iPodのイヤホンを耳に差し込んだ男性に腕を絡ませていた彼女と、いつも通り隙のない佇まいでPCに向かうお局が重ならず、由衣は朝から何度も彼女を盗み見てしまった。

「弟、なんて言っても信じて貰えないわよね。あ~あっ、バレちゃった」。
美絵子は照れ臭そうに笑って、醤油ラーメンをツルツルッと啜る。その表情も、子供っぽい食べ方も、由衣には新鮮に映った。
最寄り駅で財布を落として困っていた彼にお金を貸したのが始まり、だとか。彼は役者志望で、たまにテレビにも出ている、とか。どうやら半同棲のような生活をしているらしい。
「誤解されたくなくて友達にも話してなかったけど、誰かに話せてちょっと嬉しいかも」。
「誤解って?」
「貢いでるとか、騙されてるとか。佐々木さんだって思ってるでしょ?」
「そんな……。でも、結婚したいとか考えたりしないんですか?」
「ヤダ、いきなり直球」、美絵子は屈託なく笑う。
「もちろん考えるわよ。お見合いだってしたことあるし。でもさ、彼といるほどドキドキしないんだもん。だから、今はこれでいいかなって」。
「今は?」
「……将来の為に、今を犠牲にするなんてイヤ。彼とは結婚なんてムリだし、お局なんて言われていつまで働けるのかって考えないわけじゃないんだけど」。
でも彼と別れたくないから、自身に納得させるように言って、お局は箸を置いた。ラーメンはまだ半分くらい残っている。

……「食わねぇの? 食ってやろうか?」

突如、食べるのが遅い由衣の鉢に、必ず手を伸ばしてくる健吾を思い出した。
「どうせ残すんだろ、貸せよ!」
「泥棒~アタシのラーメン食べないでよ」。
子供じみた言い争いも楽しかった。楽しかったけど、あんな日々を続けてちゃいけないと思った。でもなぜ?
そういえば、健吾は枕元に置いてきた金で病院へ行ったろうか。電話くらい掛けてくれたらいいのに……。

夜8時。残業を片付け、健吾に連絡しようか逡巡しながら1日ぶりの自宅に帰り着くと、マンションの玄関脇に長身の影が佇んでいた。保阪だった。
                               つづく