恋愛に依存してしまう、女性の複雑な心理とは

「恋愛依存症」に陥る原因とは……?

「恋愛なんていらない」「めんどうくさい」という女性が増えている一方で、「恋愛しか生きる道がない」「彼に必要とされることが私の幸せ」と思い込んでいる女性もいる。どちらがいいとか悪いとかいう問題ではないが、少なくとも後者にとって恋愛依存度が高まると人生が危うくなる。

なぜなら、彼女たちが怖いのは「ひとりになること」だからだ。「ひとりになるくらいなら死んだほうがマシ」と考えるようになると危険度は高まる。

浮気されて捨てられ……自殺未遂した29歳のころ

恋愛依存から自殺未遂を図ったが生還した女性がいる。

「20代に5年ほどつきあった彼がいたんです。結婚するつもりで一緒に住んでいたのに、彼は浮気、あげくその彼女が妊娠して、私は無残に捨てられました。それからしばらく彼にまとわりついたけど警察沙汰にまでなって、結局、私は仕事まで失いました。最後に見せた、彼の冷たい目と、『鬱陶しいんだよ』と吐き捨てた言葉が忘れられなかった。彼と一緒に住んでいたアパートで、医者からもらってためておいた睡眠薬を一気に飲んで自殺未遂。連絡がとれないからと田舎から出てきた母親に発見されて病院へ。……バカなことをしたなと今になると思います」

そんなことがあったとは微塵も思えない明るい表情で、サエミさん(36歳)は言った。自殺を図ったのは7年前、29歳のとき。彼がいないと生きていけない、彼に必要とされることが自分の人生だと思い込んでいた。

「愛された記憶がない」から、自分に自信がもてない?

「その後、四国の実家に戻ってしばらくぶらぶらしていました。うちは商売をやっているので近所の目もあるし、すでに兄が家業を継いでいて、家族もいる。私が帰ったことで、母がいづらくなっているように思えて心苦しかった。そもそも私が恋愛に依存するようになったのは、自分に自信がもてなかったから。なぜ自信がもてなかったかというと、母からきちんと愛された記憶がなかったからなんですよね」

母は、サエミさんを心配して駆けつけてはくれた。だが、サエミさんの心の中には、私をこんなふうに育てたのは母だという思いが抜けなかった。

「長男の兄は大事に育てられた。でも6歳違いの私が生まれて2年後、母は離婚したんです。兄は8歳まで父親がいたから記憶があるけど、私はまったく覚えてない。私は父親のぬくもりを知らずに育った。母は働いていたし、子どものころから母に対してはどこか距離がありました。まったく愛されていなかったとは言えないけど、私の心が満たされていたとは思えない」

甘えといえば言えなくはない。だがそこは、彼女自身の感受性の問題も大きい。彼女自身が満たされていなかったのは真実なのだ。必然的に、彼女は母に対して「いい子」であろうとしたのだろう。いい子でなければ愛されないと思い込んでしまったのかもしれない。

認めてほしい。だから、愛情を試し続ける……

彼女は東京の大学に進むことを決め、18歳で上京。それ以来、何人もの恋人の間を渡り歩いた。

「セックスをエサにして、誰が私を本気で愛してくれるのか試し続けたような気がします。いつも誰かがいないと寂しくて……。きちんと勉強もしたし、アルバイトもしたけど、心の中はいつも空っぽだった。誰かに愛されたい、本気で愛してほしい、必要とされたい。私は生きていていいのだろうか。そればかり思ってた」

大学を卒業して就職した会社で、2つ年上の先輩と恋に落ちた。そして結婚を視野に入れて同棲したのだが、前述のとおり、彼の浮気が発覚したのだった。

「彼が結婚に踏み切らずにズルズルと同棲を続けていたのは、やはりどこかで私を背負いきれないと感じていたからなんでしょうね。当時、私は家事をすべてやり、フルタイムで働いて、家賃などもすべて負担していたんですよ」

そうまでしても、彼は彼女の元から去って行った。彼に認めてほしい一心だったのに。

31歳にして、自分を生かす仕事を見つけた

自殺未遂をして帰郷している間、カウンセリングにかかった。自分がどうして自分を大事だと思えないのか、親との関係も含めて、いろいろ考えた。結果、あえて今すぐ、答えを出さなくてもいいのではないか……。彼女はそう思ったという。

1年後、彼女は再び東京に出てきた。彼と暮らしていたアパートにも行ってみた。彼と一緒に見た風景、彼と一緒に歩いた道……。

「泣けて泣けてどうしようもなかった。その一方で、会社の人から、彼が結婚してもう子どもも生まれたという話も聞いた。周りは動いている。止まっているのは私だけ。また消えてなくなりたいという願望がわいてきました」

それでも死にきれないこともわかっていた。死んでも誰も悲しんでさえくれないかもしれないとも思った。

自分には何ができるのか、何をしたいのか。あんなに依存していたのに、今は恋愛がしたいというわけではない、ということにもサエミさんは気づいていた。

「手当たり次第にアルバイトをしました。清掃、コンビニ、ファミレス、喫茶店、パチンコ屋。かけ持ちもしましたよ。忙しく体を動かしていると、あまり考え込まずに済んだし。でも働き過ぎて倒れてしまったんですよね」

近くの病院に担ぎ込まれ、1週間入院。そこで彼女は献身的に働く看護師の姿を見つめ続けた。

「ある意味、病人の“希望”なんですよね、看護師さんって。仲良くなった同世代の看護師さんがいて、私、彼女にいろいろ相談したんです。そして、看護師になる決意を固めました」

31歳にして新たな道へ。そして今、彼女は看護師として元気に働いている。

結局、自分を認められるのは自分だけ

「看護師になってみて、私でも人の役に立てるんだと思いました。だから生きていていいんだと、初めて思えた。でも、今は人の役に立てるとか、そんなことさえどうでもいいと思うようになった。患者さんが少しでも元気になれるように、私自身が元気でなければいけない。『ありがとう、あなたがいてくれてよかった』と言われると、本当にうれしいんです」

恋愛に依存するしか生きる術が見つからなかった、あのころの自分に言いたいことがあるとしたら?

「自分を認めてあげられるのは、自分だけ。そして自分を認めるためには、自分が動いて何か結果を出すしかないんですよね。今はまだ恋愛する気持ちにはなれないけど、今度、誰か好きな人ができたら、もっと大らかな気持ちで人間関係を築いていけそうな気がします。相手に拠って立たされているわけじゃない、私は私の足で立っていると今は思えます」

「生きる」のは、ただそれだけで大変なこと。そしてどんなにイヤでも、自分自身とは生涯、つきあっていくしかないのだ。

(文:亀山 早苗)