「コーヒーショップ店員に一目惚れ。でも行動できません」(26歳女性・IT)(ラブホスタッフ上野さん)

Q:コーヒーショップの男性店員に一目惚れしてしまいました。通勤途中に立ち寄っているので、上手くいかなかったときを考えると身動きが取れません(26歳女性・製薬会社)

ご質問誠に有難う御座います。

ブレーズ・パスカルという人物をご存知でしょうか。
パスカルは17世紀に活躍した人物で、天気予報で使われる「台風の中心は950ヘクトパスカルです」の「パスカル」は、このブレーズパスカルの名前から来ております。また「人間は考える葦(あし)である」という有名な言葉もパスカルの言葉で御座います。

さて、今回はそんなパスカルですが彼は物理学や哲学のジャンルでも多大な功績を残す天才でありながら、さらに数学者としても超一流であったという化物じみた天才でございました。そんなパスカルの業績を語るとキリがありませんが、今回は「確率論」という観点からパスカルの話をさせて頂ければと思います。

今日では中学以降の数学で習う確率論で御座いますが、この「確率論」という学問が始まったきっかけはギャンブルであったと言われております。そもそものきっかけはメレというギャンブラーからパスカルのところに持ちかけられた問題がきっかけで御座いました。

わかりやすく現代風に要約すると以下の通りになります。

「お互いに32万円ずつ持ち合ってギャンブルを始めて、先にじゃんけんで3勝した方が合計の64万円を受け取るということにしたんだが、俺が2勝、相手が1勝したところで勝負を止めなくては行けなくなってしまった。さて、この64万円をどういう風に分けたらいいと思う?」

これをサクッと回答していたら確率論の発生は遅れていたかもしれません。パスカルはこの問題を友人に手紙で送ります。
するとこの友人も数学の天才だったので、また色々と考え出す。二人の天才が確率ということについて議論を始めた瞬間で御座いました。

ちなみにこの友人というのがピエール・ド・フェルマー。

解決まで360年もかかってしまった「フェルマーの最終定理」を残した人物として有名な“趣味で数学をしていた弁護士”。
数学のプロではないくせに、当時の数学者たちですら解けない問題をポンポン解いては、解けたこと自慢する手紙を送りつける変人。オブラートに包まずに言えば、物凄く嫌われていたことでしょう。

そんな嫌われ者のフェルマーと仲が良かったのがパスカルでした。天才同士でウマがあったのかは分かりませんが、この二人の天才は先ほどのメレが持ち込んだ問題をきっかけにして、二人で確率論を生み出していくことになります。

パスカルが「確率論の父」と呼ばれているのに、フェルマーがそう呼ばれないのは、彼がアマチュアであったことも大きいでしょう。
さて、こうして彼は手紙のやり取りの中で確率論という学問を築き上げていくことになるのですが、確率論を語る上で非常に重要な概念として「期待値」という言葉が御座います。この言葉の意味を知らずして、確率論を考えることは不可能でしょう。

例えば、私とご質問者様でギャンブルをしたとします。

コイントスをして、表が出れば私がご質問者様に1万円を払い、裏が出たらご質問者様が私に2万円を払う。

この時点で直感的にも不利なギャンブルであることは判ると思うのですが、それでは具体的にどの程度不利なのかということを考えてみましょう。

ご質問者様の視点で考えると、まずコインの表が出れば1万円もらえることになります。そしてコインが表になる確率は50%ですので、10000×0.5(50%)=5000となります。

逆にコインの裏が出たら20000円を払わなくてはいけないので、同じように-20000×0.5(50%)=-10000

すると差し引きで-5000となります。

これを“期待値”と言うのですが、今回のギャンブルの場合、ご質問者様の“期待値”は-5000となります。
これはこのギャンブルを続ければ、毎回5000円のペースでお金が減っていくということ。

当然ですが、こんなギャンブルをする方は“通常は”おりません。

この期待値という考え方は非常に重要であり、今日の金融業は、ほぼほぼこの考え方に支えられていると言っても過言ではないでしょう。

さて、それではそんな確率論を考え出したパスカルの最大の賭け。

「パスカルの賭け」についてお話をさせて頂きましょう。
パスカルの賭けとは簡単に言うと「神を信じるか信じないか、どっちの方が得か」という賭けで御座います。それではこの“賭け”がどのようなものであったかと言う話をさせて頂きましょう。

簡単に言えば「神がいるかいないかは判らないけど、いると信じた方が期待値的には得である」ということで御座います。

その計算方法は以下に書かせて頂きますが
【∞+1=∞、∞×2=∞、∞ー∞と∞÷∞は計算できない、∞×0は不定形】
という数学の知識が必要になってきますので、飛ばして頂いても問題御座いません。

—–
ここから計算部分になります。↓

・神は存在すると信じた場合
神が存在したら、得られるメリットは∞である。
神が存在しなかったら、被る損害は大したものではない。(この損害をxと置く)

・神は存在しないと信じた場合
神が存在したら、地獄に落ちるなどのデメリットを被る。(この損害をyと置く)
神が存在しなかったとして、得られるメリットは微々たるものである。(このメリットをzと置く)

神が存在する確率はpと置く。

【神の存在に関する期待値の計算】

神が存在する確率 p   0≦p≦1
x,y,zは実数

神が存在すると信じた場合の期待値
∞*p-x(1-p)=∞

神が存在しないと信じた場合の期待値
py-z(1-p)

p,x,y,zは実数である

よって ∞-py-z(1-p)=∞

∞>0

そのため ∞>py-z(1-p) になるので神を信じた方が得である。

—–

というわけで以上のことから「神を信じた方が得」という計算が終わりました。

おそらく9割くらいの方がこの計算を飛ばしたことと思いますが、この計算で私がお伝えしたいことは1つだけで御座います。

∞というものが存在した瞬間、他の要素は結果に影響を与えない。

さて、ここまでお付き合い下さり誠に有難う御座います。長々と続いた前説がようやく終わりました。

今回のご質問者様のように「失敗した時のことを考えると、行動ができなくなる」という方に向けての私のアドバイスは、この∞という考えが非常に重要になって参ります。

先ほどコイントスのギャンブルのところで「期待値的にマイナスの行動を人は基本的に取らない」と言いましたが、ご質問者様が行動できないという原因は基本的にはこの原則が理由になっております。

つまり「行動する」という選択を取るよりも、「行動しない」という選択をとった方が得だと思っているから行動をされないということ。そういう意味ではご質問者様の判断と行動は極めて理に適っております。そんな状況のご質問者様に「行動しろ!」とお伝えするのは「割の悪いギャンブルに手を出せ!」と言っているのと変わりません。

しかし、もしご質問者様が頭の中で組み立てている期待値の計算が間違っているとしたら?

それならばその計算ミスを指摘することに意味はあるかもしれません。
それではご質問者様の計算のどこか間違っているかというと、それは「行動して失敗した時のデメリット」で御座います。

今回、ご質問者様は「失敗したら、通勤途中のそのお店に行けなくなる」というデメリットをご質問文でお伝えして下さいました。
極めて微々たるデメリットでは御座いますが確かにデメリットでは御座います。

もちろんご質問文には御座いませんが、「好きな人から拒まれると辛い」というデメリットも御座いますし、そのほかにも色々とあることでしょう。

そして、この「色々と」が期待値の計算の上で非常に問題で御座います。

今回の回答で、もし私が「コーヒショップに行けなくなるくらいどうでもいいでしょう?」という回答をしたら、ご質問者様はそのことについては納得をするかもしれませんが、また新しい言い訳を考えたことでしょう。

そして私がその言い訳を解消しても、また新しい言い訳を生み出す。

つまり、言い訳が永遠であり∞になってしまっている。
先ほどの「パスカルの賭け」風にこの状況を説明すると、

・行動した場合
成功したら嬉しい
失敗したら無限大に悲しい

・行動しなかった場合
特に何も起きない

となります。
ここで重要なことは、失敗したら無限大の不幸があると考えている限り、成功率をどれだけ上げようとも、成功した時の幸せをどれだけ上げようとも、必ず計算上の期待値は「行動しない」を選んでしまうということで御座います。

数論的な話をすれば、仮に「100%成功する」としても、それでも行動するかしないかは「分からない」という期待値の計算結果になってしまいます。そもそも恋愛に置いて「100%」などまず存在しないのですが、仮に100%だったとしても、それでもなお行動をされないのです。

ご質問者様、なかなかに数学のセンスをお持ちの方のようで御座いますね。極めて正確に∞の計算をされていらっしゃいます。
確か理系の高校三年生数ⅢCで学ぶ内容ですので、これを無意識に理解しているのは、フェルマーやパスカルと並ぶような数学の天才かもしれません。

ですので、今のご質問者様の頭の中の計算式をぶち壊すためには、「絶対に成功する方法」も「成功した時の幸せを考えること」も役に立ちません。期待値で考えれば、この数字をどれだけ上げたとしても、期待値は必ずマイナスになります。

唯一必要なのは「失敗した時の不幸」が∞ではないということを理解するということ。

このことを理解しなければ決して動くことはできません。

ご質問者様のように「失敗した時のことを考えると動けない」という方に対して、多くの方は「失敗した時のことを考えるな」とアドバイスをされます。それはそれで正しい面もあることでしょう。

ですが、私は先ほどの数学っぽい話から、真逆のアドバイスをさせて頂きます。

「失敗した時のことを徹底的に考えて、そのリスクをしっかりと把握した方がいい」

そもそも、ご質問者様のような方が「失敗した時のリスクは無限大」と考えてしまう原因には、失敗したときのことをしっかりと考えていないからではないかと思います。
失敗した時のリスクがきちんと把握できていないから、そのリスクを“分からないもの”と捉え、無限大だと思ってしまっている。

しかし、客観的に冷静に考えれば考えるほど、失敗した時のリスク、が無限大とは程遠い小さなものであるということが分かります。成功した時のメリット、成功する確率、そんなものを考えるのは後で構いません。

何よりもまず「失敗した時のリスク」をきちんと把握しない限り、期待値的には絶対に行動をすることができないのです。

Written by ラブホスタッフ上野さん