ときめかない私が「恋愛体質」になるには

「私は恋愛体質ではないから」「あの子は恋愛体質だから」という言い方をしますよね。そもそも「恋愛体質」って何なのでしょうか。

・すぐに誰かを好きになる人
・恋していないとすぐにまた恋したくなる人
・夢や目的より「恋」に生きる人

などのニュアンスで一般化されているように感じます。なかなかときめかない人から見ると、ちょっぴり羨ましいですよね。

「恋愛体質」と「依存体質」は別である

「6つの恋愛タイプ」と呼ばれる、Leeの恋愛理論(恋愛の色彩理論)について聞いたことがあるかもしれません。

1)エロス:美への愛
→恋愛至上主義で外見に惹かれやすいタイプ。

2)ストーゲイ:友愛的な愛
→穏やかで友情的な恋愛を育むタイプ。

3)ルダス:遊びの愛
→相手に執着せずゲームのように恋の駆け引きを楽しむタイプ。

4)アガペ:愛他的な愛
→相手の利益を考え自己犠牲を厭わない尽くすタイプ。

5)プラグマ:実利的な愛
→恋愛は自分を成功させる手段と捉え社会的地位や経済力を求めるタイプ。

6)マニア:熱狂的な愛
→独占欲が強く相手に執着しやすい。激しい感情を伴うタイプ。

あくまでも「傾向」であり、それぞれ複数のタイプが備わっています。相手によっても変わるでしょうし、心の成長とともに変わるものだろうと想像できます。そして、「恋愛体質」と呼ばれるのは、このなかの「エロス」「マニア」の傾向が強い人ではないかと捉えることができます。

「恋愛体質」の人が「依存体質」を持ち合わせているケースもあるとは思いますが、「恋愛体質」=「依存体質」というわけでは無いと筆者は考えています。むしろ、「アガペ」タイプが、共依存関係になりやすいと言えるかもしれません。

※「アガペ」は見返りを全く求めないことであり、そんな人は実際には存在しないという説もあるようです。

「依存体質」の人は、こんな傾向があるのではないでしょうか。

・自分で決断するのが苦手
・束縛されることに抵抗を感じない
・「尽くすこと」が愛情だと思う
・「恋人がいる」ことこそが「幸せ」だと思う

「恋愛体質」の人は、相手への思い遣りに多少欠ける可能性がありますが、「依存体質」の場合、相手を思うからこそ、相手をよく知ろうとする努力もすると考えられます。

「恋愛体質」かどうかは一生変わらないわけではない

「恋愛体質ではない」と思い込んでいる人が、一生そのままかというと違うかもしれません。出会った相手によって「恋愛体質」へと豹変する可能性も否めません。

つまり「まだそういう相手に出会っていないだけ」なのだろうと推察します。

「恋する」ではなく「恋に落ちる」。どうしようもない溢れる想いを味わえる相手は、一生に数人しか出会えないはずです。10代で出会える人もいれば、アラフォーになって初めて出会う人だっているはずです。筆者も、10代の恋は「ときめく」「恋に落ちる」という情熱的な感覚はなく、友愛を育む「ストーゲイ」タイプだと思い込んでいたのです。

ところが、33歳のとき、私は全身に電流が走るような恋をしました。「この体が邪魔だ。この人とひとつの存在になってしまいたい!」という未知の激しい感情が自分のなかにあることを知ったのです。

あなたのなかにも「ときめきの種」は眠っているかもしれない

「恋愛体質ではない」と思い込んでいる人も、本当は「ときめきの種」を持っているのかもしれません。育った環境が影響している可能性があります。

1)親が自由人の場合

・親が自由奔放で恋多き人だったので恋愛を嫌悪している
・親が子どもっぽくて感情的だったので、自分はずっと「悲しい」「楽しい」などの感情を我慢してきた

2)親が厳格な場合

・親が「感情」を出す(持つ)ことを許してくれず、自分が持っている「感情」をいつも抑えてきた
・親が「恋愛」を否定する環境で育ってきた

このどちらかではないでしょうか。

「快」「不快」を持つ限り、誰にでも「ときめきの種」が存在する可能性はあると筆者は思います。そして、抑えてきた「感情」と向きあうには、「素直に心動く体験」、つまり「感動」する体験を増やす必要があります。

音楽、映画などの「表現アート」に「共鳴」するという方法がお勧めです。「感情」は心の揺れ。共鳴して揺れることによって心の奥に抑え込んだ「感情」を思い出させることができます。「五感」を使って内なる秘めた感情を揺さぶるのです。歌ったり絵を描いたりするのもいいでしょう。

場合によっては思い出したくない悲しい記憶が蘇ってしまう可能性も否めませんので、無理をする必要はありません。それでも「ときめけない自分を変えてみたい」という意志があるのならチャレンジしてみましょう。

「ときめきの種」を育てつつ、出会うべき人に出会えば、今まで知らなかった情熱的な自分に出会えるかもしれません。
(文:藤嶋 ひじり)