2通目:不倫が楽しいって、ありえません(yuzuka→トイアンナ)

こんにちは、yuzukaです。

元精神科と美容外科のナースを経て、風俗嬢として勤務。現在はその経験をもとに、恋愛を中心にしたコラムを書いています。
この度、恋学さんにて、「第一線で活躍する強き女性」所謂「バリキャリ」のイメージのある、人気ライターのトイアンナさんと文通をさせていただくことになりました。その名も「トイアンナ&yuzukaの頑張らない歩き方」です。これからどうぞよろしくお願いします。

生きている世界が違いすぎる眩しい存在。そんな彼女と文通だなんて、どんなやりとりになるのか震えていますが…。
とにかく、今回はいきなりぶっこんだ「不倫」についてのお手紙が届いたので、早速お返事を書いてみようと思います。

 

トイアンナさんからのお手紙はこちら
1通目:「公認不倫」してもいいよ、って言ってあげたいんです。(トイアンナ → yuzuka)

 

誰も不幸にならない不倫ならって、悩みました

トイアンナさんからのお手紙に書かれていた通り、私は「断固として不倫に反対」している立場です。不倫の相談は後をたちませんが、その全ての相談メッセージを「無視」しています。理由は簡単。「考えたって無駄、答えたって無駄。その人が不倫に悩んで『お悩み相談』なんかの回答を探してネットサーフィンしているうちは、なにをしたって、誰も幸せにならない」からです。彼女達に、いかに不倫が面白くないかを解いても、耳になんて入らないでしょう。

彼女達が求めているのは、たった1言。「彼を信じて待ってみなよ」という、なんともくだらない、甘くて虫酸が走りそうな言葉です。そんな言葉を都合よく与えても、誰も幸せになりません。若さを消耗し、不幸の連鎖に苦しむだけです。

「そういう不倫」を反対していたので、トイアンナさんからの「公認不倫の提案」については、少し心が揺れました。「誰もが傷つくから不倫はしないで」というメッセージを発信していたわけですから、誰も傷つかない不倫なら、良いんじゃない?って、一瞬だけ、そう思ったんですね。でも、やっぱり間違いでした。

「公認不倫」というお洒落でカッコイイ、明るい不倫。そんな不倫があったとしても、やっぱり私は「不倫反対」なんです。

1対1でこその幸せって、ありません?

オープン・リレーションシップ「公認不倫」について、納得できる箇所が、一箇所だけありました。
体に飽きたことまで話し合える夫婦」って最高に円満じゃないですか?】という言葉です。

風俗嬢をしていると、度々既婚男性に言い寄られるんです。

「君は特別なんだ。妻に愛はない。もう、何年もセックスなんてしていないよ」
また、この年齢になると、同世代の女友達からは、こんな愚痴がこぼれます。
「もう、旦那となんて、絶対にセックスしたくない。子どもだけいれば良い」

みんな、相手とのセックスに飽きている。でも、それを話し合えないまま一緒にいて、だから「性欲」の行き場をなくして、不倫に走るんですよね。

それを話し合って、「お互いに性欲が沸かなくなった今、お互い違う異性に性欲をぶつけよう!」って話になるのが「公認不倫」だと思うんですけど、それって最高に、つまんないなって思うんです。

お互いの性癖やセックスについて、しっかり話し合い、努力し、向かい合う。「努力してセックスする」ってちょっとおかしな話ですが、そうやってお互いを満足させるために研究を重ねていけば、「その二人でしかできないセックス」ができると思うんです。

ちょっと変な話ですが、妻の他に愛人を作る人が、みんな何人もをつまみ食いしてるかというと、そうじゃない人も多い。何年も同じ愛人と連れ添っている人もいますよね。そういう人って、妻と過ごした年月と同じくらいの時間を過ごしていても、「愛人」とはセックスレスになっていなかったりします。

それはやっぱり、妻とはできなかった、「セックスについて話し合う」ってことが出来ているからってのが大きいと思うんです。

性と愛はイコールではないですが、それでも体を重ね、唇を合わせる行為は、やっぱり「愛の確認作業」という役割も含んでいると思います。「嫉妬」とか「独占欲」って、愛しているからこそ湧くもので、私はそういう気持ちを、お座なりにしてほしくないんです。

「お互いだけを愛する」ために努力をする。そこを放棄して、「性欲は別で解消しようよ」って、やっぱり「誰も傷つかない」とは思えなくて。

ちゃんと、お互いだけに向き合うために「セックス」についても話し合う。お互いとの「セックス」に生かす。それが、正しい「幸せ」と「愛の形」って、思っちゃうんですよね。
「1対1だからこそ生まれる幸せ」私は自分の読者さんには、そういう真っ直ぐな愛を信じて欲しい。これって、綺麗事ですかね?

「嫉妬しない」って、そもそも愛なんですか?

オープン・リレーションシップについて、単純な疑問があります。お互いが他の異性と体を重ねることを合意する。それも、「そういう性癖」以外で。

そこに、「嫉妬」って伴わないんでしょうか?もしも伴うとして、それから目を背けて他の異性を抱きにいくのを見送るって「円満」とは思えないし、かといって「嫉妬」しないとしたら、それって「愛」じゃなくない?って思っちゃうんですよね。

結婚を「戦略的」にしているっていうか、「お金」とか「子ども」とか。そういうもののために維持しているドライな夫婦が思い浮かんじゃって、やっぱりどうしても、「普通の夫婦が円満に交わすことのできる契約」だと思えないんです。

「不倫されても辛くならない」愛って、本物の愛って、言えるのでしょうか?そもそも愛しているのに不倫が楽しいなんて、ありえない。それが私の、正直な意見です。

トイアンナさんはこの「嫉妬」について、どう思いますか?意見を聞かせてください。

 

(あなたはどっち派!?恋学アンケート実施中!!)

(1)「不倫」について、あなたはどっち派ですか?

(2)あなた自身が「公認不倫」の当事者になることはあり得ますか?