「幸福の近道は結婚」と考えているようでは幸せな結婚はできません

結婚を「幸福の近道」と考えている人は、結婚の意味を誤解しているのかもしれません。そもそも結婚は、道の先にある幸福という名のゴールではないのです。

今回は「幸福の近道は結婚」と考えてはいけない理由と、結婚と幸福の関係についてお話します。

「幸福の近道は結婚」と考えている人ほど結婚に夢を見すぎている

「幸福の近道は結婚」と考えている人は、結婚をゴールと思っているのでしょう。結婚というゴールに入ることができれば、その先は自動的に幸福の世界が広がっているという夢を見ているのかもしれません。

しかし、結婚はゴールでもなければその先に幸福の世界が広がっている保証もないのです。むしろ、結婚はスタート地点でありその先は未知の世界でしょう。

「幸福の近道は結婚」と考えている人は、自分の中で幸せな結婚生活を具体的に描いているものです。結婚生活を夢に描く程度ならばいいのですが、結婚相手も夢に描いてしまうと理想の相手に巡り合うまでに時間がかかるかもしれません。

結婚に期待することはいいことですが、大きすぎる期待を持つことは現実とのギャップに苦しむことになります。幸福も結婚も、近道を通って早く掴めばいいというものではありません。

長い時間がかかっても、幸福や結婚を掴むまでの道のりを楽しく、自分が幸せに歩むことができれば、それが一番の「幸福の近道」なのではないでしょうか。

「幸福の近道は結婚」と考えているようでは幸せな結婚はできません

結婚は「幸せにしてもらうこと」ではない

「幸福の近道は結婚」と思ってはいけないことには理由があります。なぜならば「幸福の近道は結婚」と思っているということは「結婚すれば幸福になれる」と思っているということであり、結婚に対して「幸せにしてもらう」という受け身の姿勢があるからです。

結婚に大きな期待を持っている人の中には、結婚することで「自分の力を使わずに幸せになれる」と思っている人もいます。

しかし結婚は二人で幸せな生活を目指すことなのです。理想的な結婚は、お互いにお互いの足りない部分や不得意な部分を補い合いながら生活することです。

「幸せにしてもらう」という受け身の結婚をすると、相手に完璧を求めるようになり、結果的に共倒れしてしまうことになります。「幸福の近道は結婚」と考えているようでは幸せな結婚はできません

「何かしてもらおう」という欲望を持って結婚してしまうと、相手が期待に応えてくれなかった時に反感を持ってしまいます。

長い結婚生活には、様々な困難があるものです。受け身の結婚をした人は、そのたびに「あなたがやってくれなかったから」と相手を責めてしまうことになるのです。

「幸福の近道は結婚」ではなく、幸福の近道は自分で切り開く道です。そして結婚は、二人で切り開いていく未知の世界へ続く道なのではないでしょうか。

未知の世界を幸福の世界にするのか、そうでない世界にするのかは、どちらかの責任ではなく、二人の責任として考えることが結婚なのです。

結婚で得られる幸福とは何かを理解しておく

結婚という言葉は、幸福とセットのように扱われています。しかし「幸福な結婚だった」という言葉は、長い結婚生活を振り返ったときに初めて言える言葉なのです。

長い結婚生活を送ってきた老夫婦の「幸福な結婚だった」という言葉の中には、楽しくて幸せな時ばかりが含まれているわけではないでしょう。

困難にぶち当たった時、二人で乗り越えたことも含めて「幸福な結婚」だったはずです。「幸福の近道は結婚」と考えているようでは幸せな結婚はできません
「幸福な人生だった」という言葉も「幸福な結婚だった」と似ていますが、大きな違いは「一人で感じた幸福なのか」それとも「二人で感じた幸福なのか」の違いでしょう。一人で生きていても、幸福な人生を送ることはできます。

しかし、一緒に人生を送り、二人で幸福を感じたいと思った相手と巡り合えたのならば「幸福な結婚」を目指してもいいのではないでしょうか。

結婚は楽しく幸せな時ばかりではありません。しかし、その時に二人で乗り越えたり、二人で泣いたりしたすべてのことが「幸福」と感じられる時がきたならば、その時に初めて「幸福」と「結婚」が同じ意味を持つ言葉になるのではないでしょうか。

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