「甲斐性なし」と言われないために頑張る男たち

つきあうにも結婚するにも、相手は甲斐性のある男がいい! と、とかく女子は「男の甲斐性」について気にしていると思います。

がしかし、「甲斐性のある男をやる」のって、実は男にとってすごく大変なことなのです。

甲斐性のある男がやらないこと

『源氏物語』の光源氏は、ある意味では「甲斐性のある男」と言われているそうです。

なぜか?

つきあった女子を捨てなかったからです。そしてそれこそが、昔は「男の甲斐性」と定義されていました。

かく言う源氏も、遊びたい盛りの頃は「この女子、もう飽きた」とばかりにつきあった(というか寝た)相手をポイ捨てしていたとか。

そういう源氏に対して、パパである桐壺帝(きりつぼのみかど)は「男はそんなんじゃあかん! 一度つきあった女性には、最後までよくしてあげるのが男やで」と、説教をします。

もっとも昔は、つきあうまでは女子が有利で、つきあってからは男が圧倒的に優位でした。つきあう前は、男は女子に対して何回も手紙を書き、和歌を詠み……ということをし、いわゆる通い婚(3回通う)を経てつきあうわけです。

イヤな男だと思えば、女子に断る権利があった。この3回のあいだに、女子はそれこそ「甲斐性のある男かどうか」を(言葉悪く言えば)値踏みできた。

がしかし、つきあってしまえばあとは男の独壇場です。複数の愛人など当たり前、月に1度も通わない女子を何人も持っていた男が大勢いました。

光源氏も一時はそんな感じでした。物語には「都に女性のため息が充満しているほどだった」というニュアンスの一文がありますが、これは源氏が特定の彼女としかヤラなくなったゆえ、彼の多くの愛人女性が、彼の訪問を待ちつつため息をついていた、ということを語っています。「甲斐性なし」と言われないために頑張る男たち

不倫していても、それがメディアにバレない男たち

一度寝た女性の面倒は最後まで見る。これを現代において実行しているのは、たとえばある種の芸能人や社長さんたちでしょう。

不倫していてもそれがメディアにバレないというのは、甲斐性があるゆえ(=女性からすればもらうべきものはもらっている)、また愛人以外の人々にも渡すべきものを渡しており、ゆえにメディアにリークする人がいない、ということでしょう。

これのどこが「大変ではない」のでしょう?

大変に決まっています。特に、ごく普通の金額のサラリーしか得ていない男にとっては、甲斐性なんて大変以外のなにものでもないはずです。「甲斐性なし」と言われないために頑張る男たち

「男の甲斐性=金」ということです

芸能人や社長ではなく、もう少し現実的な男の話をするなら、少なくとも彼女を泣かせない男、これが我々庶民から見た「男の甲斐性」でしょう。

結婚生活が長くなると、「毎月お給料を持って帰ってくれたら、それだけで甲斐性のある旦那だと思っておくしかない」と言い出す奥さんがいますが、これはこれでいいのでしょう。

「男の甲斐性=金」ということです。それではイヤですか?

イヤでしょうね。若い女子にとっては、「わたしの身も心も満たしてくれる彼氏」が、「甲斐性のある男」でしょう。

でも、なぜか知らねど世の奥様方は、「持って帰るべきものを、毎月持って帰ってくれたらそれでいい」と言います。これは「女性の諦めゆえ」なのかもしれません。「甲斐性なし」と言われないために頑張る男たちしかし思うんですが、毎月「持って帰るべきもの」を得るために、男はみな必死なわけです。だから人によっては、そのストレスを解消させるべくスナックに頻繁に通うようになります。場合によっては、そこのお店の女性と「そういう関係」になって、それが奥さんにバレてケンカになります。

おそらく、こういうことを経験した奥様方が「持って帰るべきものを、毎月持って帰ってくれたらそれでいい」と言っているように見受けられます。

男女も長く一緒にいると、男が甲斐性を持ち続けることの大変さを、女性もほぼ隅々まで理解してくれるようになる、つまり男心がよく理解できるようになるのかもしれません。理解できなければ離婚するしかないし。

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