4通目:不倫も不倫叩きも、素晴らしき人生かな(たかだまなみ→きのコ)

お世話になっております、株式会社たかだまなみです。きのコさんから頂いた不倫に関するお手紙、興味深く拝見しました。

 

不倫を蛇蝎(だかつ)のごとく忌み嫌う人って、本当は自分も「不倫したい!」と思っているけれど、我慢している人なのではないでしょうか。彼らの潜在的な怒りが不倫報道のニーズになっているのでは……?昨今の不倫バッシングについて、たかださんはどう考えますか?(きのコ)

 

私は不倫はしたい人がすれば良い、したくない人はしなければ良い。不倫を叩きたい人は叩けば良い派です。

理由は後述しますが、個人の勝手でしょ、と投げ捨てたいのではありません。きのコさんの問いかけには、他人に優しさや愛を持って生きるにはどうしたら良いかを考えさせられましたし、他人の怒りを自分のこととして考えるのは、大切なことですよね。

 

前回記事はこちら↓↓
3通目:不倫ってどうなの? 私たちの不倫の考え方(きのコ→たかだまなみ)

 

昨今の不倫叩きを見て、私はある意味で他人や社会に対する期待を放棄しました。

ブッダやイエス、アラーが生まれて1000年以上。素晴らしい教えが世界中に広まっているのに、人間はちっとも賢くなっていません。

自分は自分、他人は他人。でも他者への共感と寄り添いを忘れず、地域住民、同じ国、違う国にも自分と同じ血が通う人間がいることを意識する、と言うような知性をまだヒトは身につけていません。

怒ることはラクですし、他人を叩けばキモチイイです。きのコさんも、他人を変えようという期待はしていないと思います。

不倫叩きに限らず、他社の生き方にケチをつけることが愚かなことだと社会に浸透するには、あと1000年くらいはかかるかもしれませんね。

不倫も不倫叩きも、唯一無二のドラマである

しかし不倫の良し悪しを議論するには、私は立場と権利が足りません。生物学者なら、いろんな遺伝子を残す有利性において不倫を肯定するかもしれません。

社会学者なら、未来型のパートナーシップとして肯定派、医者なら性病のリスクから否定派、になるかもしれません。私はなんの学も持たない、ただの善良な市民として「愛する人を傷つけたくないなぁ〜。だから恋と言う魔物に喰われてしまったら怖いなぁ。でも他人の不倫の話を聞くのは面白いなぁ〜」という位に留めたいです。

不倫は当事者だけでなく、周りの人の人生にも大きく影響します。その影響が良いものか、悪いものか大抵は「幸せかどうか」を尺度にして判断しますよね。

「不倫されて傷つけられたから不幸だ。許せない」「不倫するなんてゲスだ、目障りだ。許せない」その一瞬は確かに、不倫によって不幸になる人がいました。

でも、最後その人たちが死ぬ時に、幸せな人生だったかどうかはまた別の問題です。不倫の当事者もまた、然り。幸福と不幸は、その瞬間に付けるしかないラベルです。

何が言いたいかというと、「どんな人生もドラマだ」ということ。いくら抗っても、不倫の道に進む人はいます。法律で禁止すればそれこそロミオとジュリエットのごとく、背徳感エクスタシーを求める妖怪が湧き出ることでしょう。

私は不倫に良し悪しの判断を下したくはありません。今世は「不倫に浸り、不倫とは何かを考える人生」なのかもしれませんし、「他人の人生を叩く、無駄で頭の悪い行動に時間を費やす人生」なのかもしれません。

私は、誰のどんな生き方にも貴賤をつけることなく、彼ら彼女らはそれぞれの道を歩いているんだなぁ、と眺めていたいのです。
4通目:不倫も不倫叩きも、素晴らしき人生かな(たかだまなみ→きのコ)

不倫叩きをしているおじさんにはお乳をあげよう

きのコさんはポリアモリーというライフスタイルを実践しているので、常にバッシングの対象になってきましたよね。その点は本当に致し方なく、名前も知らない人から傷つけられることの理不尽さには、側で見ている私としても、辛いです。

不倫叩きをする彼らには一体何が起こっているのでしょうね……。我慢し、怒りが吹き出し、不満を愛やユーモアに昇華することのできない余裕のない人たち。彼らにいくらありがたい言葉を述べても、馬の耳に念仏、豚に真珠、たかだまなみにイケメンです。

彼らにはお乳が必要なのではないでしょうか。おもちゃを取り上げられたら、泣いていいし、好きなだけお乳を飲んだらいい。裏切られることのない愛情のおくるみで包まれる。そんな環境に彼らを置くことがベスト、つまり現状でOKと言うのが私の考えです。

くだらない不倫バッシングのニュースを作る人たちは、怒る人の心理をよく理解しています。怒れる彼らから、バッシングを取り上げたら犯罪が増えるかもしれません。

そこまでいかなくとも、街には常に怒りから、他人を罵倒している人で溢れる状態になるかもしれません。「日本国民の品位はこんなものか」と嘆く方。そうなんです、こんなレベルなんです!

そしてきのコさん。残念なことですが、不倫叩きおじさんは私たちに関係ない、ってことではないんですよね。きのコさんを叩く人も、私をけなす人(たかだに婿ができないのはお前がブスだからだ! 等書き込むネトウヨ)も、きっと私たちのマンションの、隣の部屋に住んでいます。

直接的ではなくても、必ずどこかで彼らの暗黒のひずみを受ける時がきます。彼らが孤独死して、天井から液体が落ちてくるかもしれません。ただ普通に生活しても、刺されるかもしれません。どこかで、彼らの暗黒精神が良い方向に行くと良いのですが……。

彼らに何も施せないにしても、彼らから学ばないといけませんね。
4通目:不倫も不倫叩きも、素晴らしき人生かな(たかだまなみ→きのコ)

不倫の絶対的な魅力

生きていると、言葉では説明のつかないことに遭遇します。善悪や上品下品と、割り切って判断できないことがあります。それにも関わらず、社会生活ではいろんなことが何かの基準をもって数字化されます。

生活に必要な電気や水は整備され、調節できるのが当たり前になります。全てがコントロールできるような気持ちになっていきます。

コントロールできないもの、例えば天気、災害、病気、死ぬことに長い間、人間は恐怖を感じてきました。本来、人間はこうした自分の力が及ばないことに耐えられますし、適応してここまで生き残ってきました。
4通目:不倫も不倫叩きも、素晴らしき人生かな(たかだまなみ→きのコ)

言葉で説明がつかず、自分の力ではどうしようもないことに畏敬の念を払い、常に揺らいでいる人生を儚いもの(でもまたそれも良い)と考えました。

だからこそ、アンコントロールな不倫には何かしらの絶対的な魅力があるのではないでしょうか。きのコさんが言うように、不倫する人には幾つかパターンがあり、それを分析すると人間の深い部分が見えてくると思います。

なぜ不倫してしまうのかを考えるのは、重要です。それよりも私は不倫がもたらしてくれるエクスタシー、美徳を信じて疑わないのです。良い悪いで判断できることは、子供にも理解できる単純な思考です。様々な議論を展開しても、犠牲者が出ても沢山の大のオトナたちがやめられない理由。

それはもしかしたら“不倫の魅力”を私たちが理解していないからなのかもしれません。いかがでしょうか。

 

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