男女間の友情はアリ? ナシ? この質問に欠けている視点

「男女間の友情はアリか? ナシか?」という質問をよく耳にします。男性と女性が互いに性欲を抑えながら純粋な友情のみで付き合えるか? ということなのですが、これには決定的に欠けている視点があります。

テレビなどで男女の友情の議論がされる度に私は悲しい気持ちになります。一体その視点とは何なのでしょうか?

「男女間の友情はアリか? ナシか?」

テレビやラジオ、雑誌などで頻繁に耳にするお決まりの言葉の一つに「男女間の友情」というものがあります。

男性と女性が、お互いに対する性欲や衝動を抑えたままで、純粋な友情のみの関係を築いていけるかどうかという議論です。

芸能人や著名人の「性欲を抑えるのなんて無理だから男女間に友情などない」という意見や、「私は異性の友達がいるけど、付き合いが長すぎて肉体関係にはなれない」などの言葉が交わされます。

私はこの質問とそこから派生する議論を聞く度に悲しい気持ちになってしまうことが多いです。なぜなら、この質問には決定的に欠けている視点があるのです。男女間の友情はアリ? ナシ? この質問に欠けている視点

人類全員が異性が好き?

男女間の友情はアリか? ナシか? という質問はつまり、友情や絆は性欲に勝つことが出来るのか? という議論に結びつきます。

友情と性欲を比べる時に、その両者を男性と女性という関係のみに限定しているということが、私をいつも悲しくさせてしまうポイントなのです。

人間は全員が異性愛者ではありません。

同性に対して性欲を抱く同性愛者(ゲイ・レズビアン)
男性と女性に対して性欲を抱く両性愛者(バイセクシュアル)
全ての性別に対して性欲を抱く全性愛者(パンセクシュアル)
いかなる性別に対しても性欲を抱かない無性愛者(アセクシュアル)

……など、恋愛や性欲には人それぞれの形があります。

こんなにも多種多様な性欲の形があるのに、友情と性欲を比べようとした時、異性愛者の男性と女性しか議論の土俵に上げてもらえない事で、私は複雑な感情を覚えるのです。

誰と誰の友情なのか明確に

男女間に友情は成立するかどうかという議論をする時には、「この議論は異性愛者の男性と女性である」という一言を付け加えると、同性愛者や両性愛者などの性的マイノリティーの人たちが疎外感を感じずに済むのではないでしょうか。

この前提を言わずに議論が進んでしまうと、この地球上には異性愛者の男性と女性しか存在しないかのように思えてきてしまいます。

自分にとっては当たり前の事でも、すぐ隣の誰かにとってはそうではないということを意識していきましょう。男女間の友情はアリ? ナシ? この質問に欠けている視点

友情と性欲はどちらが優先?

ここまでは異性愛者の男性と女性以外の存在についてお話してきましたが、では結局、友情が性欲に勝つことはあり得るのかという事をお話していきます。

私は友情と性欲は別のものだと感じているので、簡単に答えを出すことは出来ませんが、「性欲を感じる性別の人間が目の前にいても、友情を優先させることができるか」という問いに対しては「YES」と答えます。

性欲を感じることはあると思いますが、その衝動に任せて行動するタイプではない、と自分では思うからです。

逆に、性欲に任せて行動してしまう人にとっては、友情と性欲を共存させることは難しいのではないでしょうか。男女間の友情はアリ? ナシ? この質問に欠けている視点

さいごに

「男女間に友情は成立するのかどうか」というよくある議論について私が思うことをまとめてみました。

みなさんはどう感じましたか? これからはぜひ、異性愛者以外の存在も意識していただきたいと思います。

この議論の答えは、いずれにしても性欲をコントロールすることができるかどうかがポイントになるのではないかと考えています。

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