男はどんな女性を「床上手な女性」だと感じるの?【ひとみしょうのエロくてすみません】

床上手って、なんか昭和のにおいのする恥ずかしい言葉だと思いませんか?

ネット辞書で床上手を引くと、「閨房(けいぼう)の技術に長けていること」と出てきます。閨房なんて、これまた昭和か大正か明治みたいな言葉で説明されてて、なんだかなあです。いまどき閨房って……。

言葉の古さもさることながら、床上手という言葉には、男がつくった言葉というニュアンスが拭い去りがたくついています。男から見たエッチがうまい女性を表す言葉が床上手。

だからふつう、タイトルに書いたように「床上手な女性」とは言わず、床上手は床上手単体で使われます。床上手な女性と書くと、馬から落馬みたいに、屋上屋を重ねる表現になるから。

男にとってエッチとは自己承認欲求を満たしてくれるもの

男はどんな女性を「床上手な女性」だと感じるの?【ひとみしょうのエロくてすみません】

さて、男はどんな女性のことを床上手だと思うのでしょうか。

男って、いつもエッチのことを考えていて、エッチさせてくれる女性なら誰とでもエッチする、というのが、世の通説だけれど、これってウソです。

むろん、たとえば10年刑務所でおつとめした男が、娑婆に戻ったとき、ヤラせてくれる女性であれば誰とでもエッチする可能性はあります。がしかし、あなたのまわりにそういう男っていますか? ふつうはいないですよね。

男にとってエッチとは自己承認欲求を満たしてくれる行為です。ヤルものではなく、ヤラせてもらうものだから、自己承認欲求を満たして「くれるもの」、これが男にとってのエッチです。

男って、物理的に自分の「モノ」を、女性に温かく受け入れてもらえたら、それで承認されたとは思わないんですよね。「モノ」に精神性をくっつけるのが男です。つまり、自分の身も心も、女性に受け入れてもらう行為、それが男にとってのエッチです。

だから、風俗で「モノ」だけを入れる行為には、絶えず不満がついてまわるのです。お金が介在する関係の中で、モノを受け入れてもらうというのは、精神を受け入れてもらえなかったということだから。

だから、人によっては、頻繁に風俗に通います。精神を受け入れてもらえたと確信できるまで通い続けます。が、風俗嬢は生活の糧を得るために働いているから、お客さんの精神のことまでは知らんと思っている――ここに、男にとっての風俗の限界があるのです。

つまり、男が、肉体的な満足だけでなく、精神的に「女性に受け入れてもらえた」と満足できるエッチをする女性は、床上手だと思われるということです。

それには、エッチの前の会話がポイントになってきます。お互いの気持ちが通い合う会話があったうえでエッチするといいということです。

男って、エッチを楽しんでいる女性のことを床上手と呼びます

男はどんな女性を「床上手な女性」だと感じるの?【ひとみしょうのエロくてすみません】

床上手な女性とは、具体的にどのような女性なのか、については、ネットに例示されています。たとえばいい香りがする女性とか、恥じらいを見せる女性とか、攻めるのがうまい女性とかと書かれていますが、そうかなあ?

無香料の女性だって床上手と言われることがあります。そもそも、たとえば風俗嬢って、お客さんに香りがつかないように、無香料のものを使うように気づかっていたりするしね。

恥じらいがある女性が床上手と言われても……超大胆にエッチを楽しみ、何回もイク女性のことを床上手と呼ぶことだってあるわけだしね。

男って、エッチを楽しんでいる女性のことを床上手と呼びます。フェラがうまいとか、騎乗位の腰使いがうまいとか、そういうテクは、もちろんないよりあったほうがいいけれど、でもまずは、エッチを楽しんでいるように見えるかどうか、です。

なぜなら男って、エッチを「なんか善くない行い」だと思っているからです。

中高生の頃、めちゃ楽しくエッチした男は少数です。たいていは「いけないことをするかのように」好きな女子のおっぱいやお尻を遠くからガン見し、それを記憶し、家に帰ったら「いけないことをするかのように」オナニーしてきました。

しかも、人によっては1日に4回も5回もオナニーしてきました。思春期をそんなふうに過ごしたら「エッチ=善くない行い」という認識を持って当たり前です。その「善くない行い」を、目の前にいるハダカの女性が楽しんでいるとなれば、男は人生観が180度変わるんですよね。

「エッチって善くない行いではないんだ! だって、俺のかわいい彼女は、めちゃ楽しそうにエッチしている! ということは、俺もエッチを楽しんでいいんだ!」彼はこう思って、目からうろこが落ちます。

自分で自分のことを認めるようになります。つまり自分に自信を持ちます。必然的にいいエッチだったと思います。同時に床上手だと思います。

些末なエッチのテクに気をとられるのではなく、エッチを楽しもうとする気持ちを持つこと。これが床上手と思われるポイントです。

エッチに意味はいらない、思いやりがあればいい

男はどんな女性を「床上手な女性」だと感じるの?【ひとみしょうのエロくてすみません】

いま、Googleがエロ記事に規制をかけていると言われています。テレビと同じで、エロに規制をかけているらしいです。むやみにエロい気持ちを煽るサイトが増えたから、規制をかけるのだろうと思います。

エロい気持ちをむやみに煽る人と、それを規制する人に共通するのは、エッチに意味を持たせようとしているところです。そしてそれは、多くの国民の気持ちと合致しています。だから、多くの人がエロサイトを見るのです。

じつは、エッチに意味などありません。「気持ちかったね、ありがとね、またしようね」最後に笑顔でこう言い合えるエッチが、本当のエッチです。しいていえば、そこに思いやりがあるわけだけど、思いやりって「意味」ではないでしょ? だから、エッチに意味はないのです。

エッチに意味を見出そうとすればするほど、床上手から遠ざかります。男の場合だと、どんどん寂しくなります。

エッチに意味はいらない、思いやりがあればいい――これを呪文のように唱えると、必然的に床上手になれるのです。

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