『大袈裟』なエロさを、男が喜ぶ『大胆』に変える、たった1つのこと。

夜オンナへいらっしゃい☆夜の性活相談員・小室友里です。「もっと大胆なって、カレを攻めましょう」なんて、セックス系の記事によくありますね。とかいう私も、気がつくと書いていた形跡あり。

『大袈裟』なエロさを、男が喜ぶ『大胆』に変える、たった1つのこと。
画像:(c)Alexey Rumyantsev- Fotolia.com

ところがどっこい、大胆になって攻めたつもりが、カレからすると「なんか大袈裟だなぁ」と思われてしまうこともよくある話で。頑張ってる私たちからすれば「え~!?」な話ですよね。むしろこんなに頑張ってるんだから、その気持ちは汲んでよね!と言いたくなります。

しかし、なんでこんなことになっちゃうんでしょうね? そもそも大胆と大袈裟って、どう違うのでしょう。まずは言葉そのものの意味を調べてみました。

大胆とは「度胸が据わっていること、思い切りやってのけること」
大袈裟とは「実際より誇張していること、必要以上に大きいこと」

文字にすると、言葉の意味もわかりやすいですね。

「大胆に物を言う」
「大袈裟に物を言う」

なるほどなるほど。大胆がプロレスでいうヒーローなら、大袈裟はヒール、ってとこでしょうか。
では、これをセックスのプレイに当てはめてみましょう。

「大胆にフェラチオする」
「大袈裟にフェラチオする」

…あれあれあれ~? 急に線引きが曖昧になっちゃいましたね。何が大胆なフェラチオで、何が大袈裟なフェラチオか、説明しずらい…というか、どっちもやってることが同じ!?

なぜこんなことになってしまったのでしょうか。答えはいたって簡単。

「頑張りすぎちゃってる」

これが原因です。

大胆の語意にある「度胸」とは物事を恐れない心、つまり、カラダの中から溢れるメンタルエナジーを差します。

頑張ろう! と思う気持ちもメンタルエナジーですが、頑張りには不自然さが伴います。頑張る時ってカラダにむむむ~っと力が入りますよね。ココロも同じです。むむむ〜っと力みます。元々は自分が持っていないはずのメンタルエナジーを絞り出そうとしているのですから、力むのも無理はありません。

ところが、力みは無駄な誇張をし始めます。フェラチオを大胆に見せようとしたその頑張りが、自分が持っているエロさを無駄に誇張してしまうんですね。これがフェラチオを大袈裟に見せてしまうんです。おお、なんてこったい。

エロさとは、心の中から自然と発せられるものです。相手のとの関係に慣れてきて、「ここまでなら見せてもいいかな?」と、ココロの引き出しがちょっと開いて、岩場相手に対して歩み寄れるココロの余裕が、エロさになります。真逆に、今日限りのセックスパートナーだから「もう会わないし、思いっきり楽しんじゃえばいいや」と、不躾になれるのもまた、エロさです。

どちらも共通しているのは、「遠慮がない、図々しい」気持ちが自分にあることです。自分に正直なエロさなら、相手には「大袈裟」には映らないんです。エロさって、頑張って見せたり、作ったりするものじゃないんですよね。

大胆になりたいと頑張りたいあなた。大胆になることを頑張るんじゃなくて、何をしたら大胆だ、と自分が感じるのか。それをまず、考えてみてはどうでしょうか。
(小室友里)

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